『猫舌男爵』

2005年3月5日 未分類
皆川博子、講談社。

イエス!イエスイエスイエス!!
どうやら4が限りなく正答に近かったらしいです。思わず拳握ってガッツポーズしながら快哉を叫びました。それから愚昧なる編集者に怨嗟の声をあげました。詳しくは次回(の皆川博子の本感想)にして、以下感想。

「水葬楽」
広い広い、迷宮さながらの館に住むわたしと兄。母は豪奢な青貝と真珠の装飾を施された蓋つきの水槽に、しばらく保存されてそれから溶けた。父も養液に満たされた水槽の中で、脳の作る音楽を聴きながらいつか果てた。その間にわたしと兄は侏儒に出会った。侏儒は今はもう死に絶えた人々や言葉や世界の話をわたしと兄に教える。館の住人から空気同様に扱われていたわたしは、初めて言葉を教わり、書くことを知った。
多分、現在とは少しずれた世界の近未来。水槽は水葬。侏儒が語る言葉は強烈で容赦がない。わたしは周囲のエゴに晒されて、結局ものを綴るしかなくなってしまったのだろう。侏儒の罵倒と、わたしが受けた扱いの露骨さに、皆川博子の恐ろしさを知った。これだけの物を描く人が何故にあのような本を書いたのだろうか、と首を傾げたけれど、後日『鳥少年』の解説を読んでたいそう納得した。BGPが素晴らしい。西條八十とかランボーとか、もしかしたらユーゴーとかそんな感じ、と思ったら実際そうだった。これら著名な詩人が馴染む物語と言えば少しはイメージが伝わるか知らん。
「猫舌男爵」
これがもう、辛辣な皮肉なのか、それともそんなことは百も承知な慈愛に満ちたユーモアなのかちょっと判別がつかないほど戯画化された、エセ教養人の姿を描いている。一度「ぷっ」って失笑してからは爆笑につぐ爆笑。日本文化が好きです、とのたもう半可通の青年が訳した「猫舌男爵」という私家版のあとがきからはじまり、あとがきが周囲に及ぼした波紋を通過し、何故か登場人物が幸せになるという奇妙奇天烈な話。最初はヤン・ジェロムスキがまっとうな人間であると信じていたので、ねこしたって何よ?くらいにしか思わず、「THE NOTE BOOK OF KOHGA’S NIMPO」に不意打ちくらって腹がよじれるほど笑った。コーガ。ニンポ。ヤマダ・フタロ。歴史その他に関する知識も明らかにうさんくさい。ヤギによる拷問は相当に酷いはずなのだが……。「猫舌」をねこした、と読み、猫のように棘のある舌を持つ男爵が、夜な夜な乙女を攫って足の裏をなめる拷問をするのだろうか、と想像するところまではそれほどおかしくはないのだが、そこから先が想像を絶する。勝手に好きな女の子を登場させては、そのボーイフレンドに「彼女とどういう関係だ」と後日問い詰められたり(その彼女とボーイフレンドもたいそう人間がお粗末だったりする)、日本語の教師であった恩師の名前を辱めた挙句、過去の話を勝手に公開して家庭崩壊に導いたり。実にコミカルにエセ教養人の誠意のない翻訳のありさまや、それを許す本人の軽薄さを描き出している。ここまで厚顔無恥なら人生楽しくて仕方ないだろうな……。そういえば長々と自分の思い入れを不得要領に書き送った日本人の手紙も相当おかしい。見た瞬間、絶対にジェロムスキ青年には読めないだろうなと確信してしまった。
「オムレツ少年の儀式」
少年がオムレツ係になってから三日目の朝。恵まれた生い立ちではないけれど、母と二人暮らす少年は、マリア様がみていらっしゃることを心の励みにしている。
救いようのないどん底を淡々と描く。尾びれの比喩が幻想的な空気をかもし出してる。醜いものを直視しながら、醜いものの持つ魔的な魅力を存分にみせてくれるのはさすが。醜く嫌悪を催すことと、それにたとえようもなく心惹かれることがまったく矛盾しない。そして人が救済のない破滅の中にとどまっていることは、実際問題いかに言葉を飾ろうと無理であると冷徹に宣言しているように見えた。破滅に向かってひた走る、というところから連想したのは『罪と罰』だった。
「睡蓮」
書簡と日記で構成されている。早熟の天才ぶりをもてはやされた女流画家が、ひとり精神病院の部屋で死ぬまでに一体何があったのか。書簡と日記の日付けはさかのぼっていく。
結局のところ、真相はそれらしき姿が垣間見えるだけで、誰も明確な回答をしてはくれない。女流画家が大作家と交流を持っていたこと、似たような作品を葉発表したこと、心を病んで長い入院生活の果てに死んだこと。確かなことはそれだけなのに、日記から手紙から、その背後にあったことがちらちらと、あるいはゆらゆらと立ち上るようである。
一番わかりやすい話だった。
「太陽馬」
世界大戦を背景に、コサックに生まれた男の一生を描いた物語……ではない気がする。激動の時代、国と国が利権のために争い、民族の立つ場所はくるくるとめまぐるしく入れ替わり、明日の運命など誰にもわからない。彼は指の間に張った弦で会話する、「朕」の物語を、戦争で廃墟と化した図書館の本になぐさみに書き付ける。半ば視力を失った士官のために死ぬ。
圧巻。

短編5編を収録。童話でもおさめたかのような表紙の絵で、ふわふわした綺麗な紙。まさかこんな内容だとは。
最近微妙にロシア関連の本に縁があるような気がしてきた。

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