『項羽と劉邦』(下巻)
2005年7月14日 未分類司馬遼太郎、新潮文庫。
下巻は「四面楚歌」が登場。これだけの物語をよくも文庫3冊におさめてしまったものです。不器用な人が大真面目にやったら、一生物の大部になっていたのではないかしら。歴史小説の神はやることが違うなあ。日本人は中国の歴史が云々、と中巻の感想に書いていたことが、あとがきでわかりやすく説明されていて膝を打ちました。そしてこの感想でおおむね間違っていないのだなと喜びました。それにしても元禄時代に『通俗漢楚軍談』『通俗三国志』が成立しているというのだから、三国志好きは筋金入りですね。国際交流が盛んになった近代の産物じゃなかったんだ三国志ファン。すごい。
司馬遷たら紀元前126年(推定)にフィールドワークですか!みあげた歴史学者と言うべきなんでしょうか。
れきいきがジジイながら硬骨だなと思っていたので、かいえつが嫌いです。下巻になってから韓信がやけに可愛らしげなので余計にかいえつが腹立ちますね!でも平国候は好きだ。「傾国」を踏まえたうえで「平国」なんて尋常の呼称ではないので、そのあと、とっとと逐電してしまったところもポイント高い。弁士が舌に命をかけることが出来た時代って、いったいどんな時代だったのか見てみたい。釜で煮られたのを「華やかな最期」とする時代ですよ。みんなむちゃくちゃだ。……一国を陥として釜で煮られるなんてたいそう華やかだと思ってしまいましたと自己申告。
カバー背中の解説が絶妙です。
「天下を制する”人望”とは何かをきわめつくした物語」(上巻)
「あらゆる人物の典型を描出しながら、絢爛たる史記の世界を甦らせた歴史大作」(下巻)
作者のあとがきもそれはそれは含蓄ふかい。本編もあとがきも、ああだこうだとこまかく説明し始めると、ありえない長さになるので(この圧縮率を見よ!と原文→解説の劇的ビフォーアフターができるくらい)、興味を持った人はじっくり腰をすえて読み、なにがどう魅力的なのか自分の目で確かめるのが一番です。
下巻は「四面楚歌」が登場。これだけの物語をよくも文庫3冊におさめてしまったものです。不器用な人が大真面目にやったら、一生物の大部になっていたのではないかしら。歴史小説の神はやることが違うなあ。日本人は中国の歴史が云々、と中巻の感想に書いていたことが、あとがきでわかりやすく説明されていて膝を打ちました。そしてこの感想でおおむね間違っていないのだなと喜びました。それにしても元禄時代に『通俗漢楚軍談』『通俗三国志』が成立しているというのだから、三国志好きは筋金入りですね。国際交流が盛んになった近代の産物じゃなかったんだ三国志ファン。すごい。
司馬遷たら紀元前126年(推定)にフィールドワークですか!みあげた歴史学者と言うべきなんでしょうか。
れきいきがジジイながら硬骨だなと思っていたので、かいえつが嫌いです。下巻になってから韓信がやけに可愛らしげなので余計にかいえつが腹立ちますね!でも平国候は好きだ。「傾国」を踏まえたうえで「平国」なんて尋常の呼称ではないので、そのあと、とっとと逐電してしまったところもポイント高い。弁士が舌に命をかけることが出来た時代って、いったいどんな時代だったのか見てみたい。釜で煮られたのを「華やかな最期」とする時代ですよ。みんなむちゃくちゃだ。……一国を陥として釜で煮られるなんてたいそう華やかだと思ってしまいましたと自己申告。
カバー背中の解説が絶妙です。
「天下を制する”人望”とは何かをきわめつくした物語」(上巻)
「あらゆる人物の典型を描出しながら、絢爛たる史記の世界を甦らせた歴史大作」(下巻)
作者のあとがきもそれはそれは含蓄ふかい。本編もあとがきも、ああだこうだとこまかく説明し始めると、ありえない長さになるので(この圧縮率を見よ!と原文→解説の劇的ビフォーアフターができるくらい)、興味を持った人はじっくり腰をすえて読み、なにがどう魅力的なのか自分の目で確かめるのが一番です。
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