ヴェルヌ、波多野完治訳、新潮文庫。

言わずと知れたジュール・ヴェルヌの少年漂流冒険小説。15人の少年達を乗せた船がふとしたことから荒海へ。大嵐にもまれた末に、なんとか陸地にたどり着くが、そこはどうやら周囲を海に囲まれた無人島らしい。少年達は助けが来るまで生き延びるべく、さまざまな創意工夫を重ね、団結して知恵と勇気と好奇心と冒険に満ちた暮らしをはじめる。

『蝿の王』より先に読まないと駄目ー!

順番を逆にすると割りと泣ける事態が待っています。ニュージーランドから嵐に流された少年達がたどりつく先が、北半球の島のために、南海の孤島が舞台である『蝿の王』とは真逆なのです。というか1828年のヴェルヌのほうが先なのに『蝿の王』と対照だなーって、基準が逆だからそれ。同じ少年漂流記でも、書く人間が違えば違うものだなあと思うよりも、年代が下ると少年探偵団がバトルロワイヤルになっちゃうのね……という殺伐感と時代の流れを思うほうが強かったので。

快活で心根の優しいブリアン、思慮深く慎重なゴードン、傲慢で自尊心の強いドノバンが年長組。これがそのまんま『蝿の王』のラーフ、ピギー、ジャックに対比されて、興味深いとか面白いとか言うより先に「リアリスティックってむごい」とテンションが微妙に下がりました。あと、ドノバンに銃を持たせると、いつブリアンを撃ち殺すのかとドキドキです。物語のテンションを考えると、そんなことは絶対無いのはわかるのですが、それでもドノバンがブリアンと対立する素振りを見せるたびに、びくびくしてました。

船には食料、生活必需品、工具、銃と火薬、そのほか島での生活に必要なものがたっぷり積み込まれていて、少年達はこれを元に暮らし始めます。8歳から14歳の集団とは思えないほど克己心にとんで自律性が高いのはご愛嬌。なぜならこの小説は「少年探偵団」だからです(断言してますがわたし少年探偵団読んだことないです)。読み手である少年達と少数派の少女に近い年頃の子供達が、創意工夫を重ね、友情を深め、冒険し、発明し、そして大人が見ても「実によろしい」というような生活を送る。もちろん深刻な失敗や外敵や仲たがいやその他いろいろあるけれど、少年達は努力と勤勉と協力で困難に打ち勝ち、冒険を成功させて無事に帰ってくるのでなくてはいけないのです。一言で言えば「道徳的」。いかにも「子供向け」、悪い言い方をすれば子供だましなんですが、ハイクオリティ通り越して「究極の」がつきそうな物語。子供向け子供だましで何が悪い。年頃の少年少女を夢中にさせる物語の強さに、そんな評価程度で傷一つつくものか!
エキサイトして話がずれました。要するに「安全」なんだけれど、安全で何が悪い、安全じゃなければいいというのか。むしろ安全でなければいいという考え方のほうがよほど安直じゃないのかと思った次第であります。

以下あまり本筋に関係ない感想。
ニュージーランドが植民地だったり、黒人のボーイだけ選挙権がなかったりと、時代を感じさせる記述が多い。
島にペンギンたくさん。羨ましい。
サバイバル物になると、ヨーロッパ人は狩猟のとき無意味に動物を殺しますよね。必要以上に殺してるように見えますが、あれは狩猟の喜びが一般的ということなのかしら……。いっつも「オーバーキルもいいところだなあ」と気になって仕方ありません。資源の無駄遣いいくない。そんなわたしは日本人。
14歳が「君は駝鳥の教訓を忘れのかい。(中略)その時まで、がまんしたまえ」っていう喋りはどうなのかと思いましたが、ゴードンが某本屋変換されて面白くて仕方なかったので、これでいいやー。最終的には「これでないと駄目だ」となったので、自分の頭が相当どうかしてると思いました。
ブリアンはもう少し快活寄りにして欲しかった。
手先の器用なバクスターの発明は、職人芸の域に達していると思います。

訳者による解説が非常に面白かったです。比較文学の視点から見たときのエピソードなどは非常に興味深いものです。日本語訳のタイトルが、原題と全く違うことも初耳。わたしからすれば「なんでこれだけ有名な本の原版が見つからないのか」と首を傾げるばかりですが、原本が凡作ならそれは仕方ないのですね。というか「原本が凡作」というのがカルチャーショック!思軒は偉大だ。

「男が理想を追って、最新の科学を駆使してかけまわるのが、ヴェルヌの世界なのです」
「ヴェルヌの小説には、あまり悪人がでてきません。科学者でエクセントリックな人はありますが、それもけっきょく、科学にこりすぎて人類全体を忘れたのです」

子供向けのような語り口で、実は大爆笑の内容の解説がむやみにツボでした。

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