岩井志麻子、文春文庫。

あら、文春文庫ではこれが岩井志麻子一冊目なんですね。意外だ。大正初年の岡山で、妾稼業の女性が焼死する。評判の美人だった彼女は新聞に「黒焦げ美人」とセンセーショナルに書き立てられる。
帯とカバー背中に「意外な犯人像」と書かれているので、犯人当てが主体だと思った人もいるのじゃないかしらん。意外な、は犯人にではなく犯人像の「像」にかかるので、ミステリを期待してはいけません。「岩井志麻子で何故に犯人当て……?」と帯に不信感を抱いたわたしは勝ち組。

駄目な両親に美しい姉。妹の晴子は、姉が妾稼業についているから女学校に通っていられる。姉の住む妾宅には、高等遊民のような若い男たちが出入りしている。晴子はそのうちの一人、大橋に好意を抱いているが、姉は誠実な大橋には見向きもせず、冷淡なヴァイオリニスト藤原に恋焦がれている。真夏の最中に明治が終わり、その年の末、はじめての大正の大晦日、姉は耳だけ残した焼死体となる。
凄惨だけれどどこか滑稽な「黒焦げ美人」。表紙の書体がまさしくその通りの印象で秀逸。中身は岩井志麻子節絶好調。美しく悲惨、可憐で不幸、豪奢で酸鼻を極め、生ぬるく凍える真夏、焦げ付く真冬の寒さ。痛み傷んだ真夏の凍える悪夢や、悲劇に凛と映える真冬の端整さなどは夏と冬に思い入れのある人間にはたまらない。一言一句全てが美しい、耽美といえばこれ以上の耽美があるかという美文。「拵え映えのする女」の不幸な後ろ姿が耽美でなくてなんであろうかー!
各章の出だしと題も美しい。章題は新聞の見出し記事の体裁で、作中人物の新聞記者が書いたような軽薄で執拗な時代がかった美文、大きく取り沙汰されるゴシップの質の悪さと、野次馬の無責任な興味本位の覗き趣味が大仰な身ぶりで迫って来るよう。
「奇々怪々の大事件勃発す」
「美人惨殺の兇行者遂に捕はる」
「恐るべし美人焼殺犯の消息」
「好男子にして性向不品行なり」

これが岡山で実際にあった事件なのだそうで。といっても「取材した」とあるので、現実にあった事件が岩井志麻子の手でまったくの別物語になっているのでしょう。『夜啼きの森』のときのように。
帯裏側の引用が絶妙。
「姉です。
 藤原さんのヴァイオリンを聴きたがっていたから、耳が残っているのです。」
何気なく本を裏返して、それに気付いたとき体に震えが走りました。鳥肌。
表紙、焦げた本のページが辛うじて読めるけど、これ田辺聖子の『源氏物語』じゃないかしら。手元にあるけど確認するためには段ボール箱を崩さないといけないので挫折。上巻冒頭の桐壺だと思うんですけど誰か確認してください。田辺聖子じゃなくても、桐壺なのは間違いない(もし田辺聖子だったら新潮文庫じゃあ……)。
解説が面白くなかったので残念。というか誰?これでエッセイスト?と暴言で〆る。

コメント

nophoto
aishath
2007年1月14日2:00

『黒こげ美人』、おっしゃるとおり各章の導入が美しかった。
そして・・・解説!!!最悪の解説でした。岩井志麻子さんともあろう人が、なぜこんなわけわからん人に解説頼んだんでしょうか。
私も本の解説は必ず読むので、この解説には、読後の気分を害されました、正直なところ・・・

みじんこ
みじんこ
2007年1月14日21:59

いらっしゃいませー、コメントありがとうございます。『黒焦げ美人』は内容の進行と、新聞記事のシンクロが美しかったですよね。
わたしも解説は必ず読むので、aishathさんと同じく読み終わってえらく脱力しました。そういえば他の作家の本で、ひどい解説に当たったとき、解説者の公式サイトに「今まで一冊も読んだことがないけど、編集から依頼されたので書いた」と堂々と公言されていて、ディスプレイに額をぶつけそうになりました。
解説を書く人を選ぶのが、必ずしも作者本人ではないとわかってからは、恨みの矛先は編集に向いていますけども!てへ。

ひどい解説ならないほうがどれだけマシかと思う心の暗部は割愛。

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索