ウンベルト・エーコ、藤村昌昭訳、文春文庫。

まずは上巻を読み終わりました。わけわかりません。ぱっと開いて、見開きページの中で見たことも聞いたこともない単語が3割、見たり聞いたりしたことはあるけれどなんのことかよくわからない単語が6割、きちんと知っている単語が1割。そしてその1割の中で、作者が捏造した面白ストーリーや元ネタありのパロディやらを「完全にわかって」読めるのなんて更に1割を切っていそうな恐怖。以前に牧野修の『楽園の知恵 あるいはヒステリーの歴史』で「演歌の黙示録」を読んだときも相当幻惑されましたが、それをあっさり超えてしまっていて、これは壮大な空中楼閣なのかそれとも全て確かにこの世に存在することなのか、境界を見極めるどころか、焦点を合わせると消えてしまう視界の端でしかとらえられない蜃気楼とにらめっこしている気分です。

ほんっとうに読めたところだけ粗筋。
主人公はフーコーの振り子のある国立工芸院の中に、閉館後まで隠れ潜んで何かを待っている。そして何故そんなことになったのか回想をはじめる。出版社の仲間の一人が、テンプル騎士団に関する本を出版する話を進めているうちに、命を狙われていると言い残して失踪した。全てはオカルトマニアの虚言でできていると信じていた計画や団体の話が急に真実味を帯びてくる。私は、私たちは、愉快な遊びの気分のまま、触れてはいけない真実に触れてしまったのだろうか?ともかくも、私は12時過ぎに現れる相手を待っている。

この回想がほぼ上巻すべて。殺人事件のようなことも起きれば、行方不明者もいる、あちらこちらに姿を見せるテンプル騎士団に関係あるらしい謎の人物や、またテンプル騎士団!と思わせるようなできごと。本を出版しようという企画が、何故か転がって回って拉致監禁暗殺の危機にまで及んでしまう。そこに至るまでのいきさつは、もつれにもつれ、当事者にすら理解できない。出版社にそれっぽい話を持ち込んでくる人間はみんな、ありもしないことを信じているオカルトマニアの電波ばっかりだったはずなのに……!
ウンベルト・エーコがものすごく電波(を受信しているとしか思えない誇大妄想狂)を描くのが上手くて意表を突かれました。作者の肩書きのせいか、こんなに電波を素敵に書くなんて思いもよりませんでした。またその電波をごく簡潔に的確にあらわす表現の巧みさも素敵。「他人の主張を自分の主張の根拠にしているような連中」のような。今具体的に引用しようとして本を開き、どのページだったか探すのを断念しました。何せ上巻本文が約550ページほどという分厚さです。かろうじて二段組ではないのですが、改行による空白がほとんどない驚異のみっしり具合には溜息が出ます。
翻訳が非常にこなれていて読みやすいのですが、こなれていて読みやすい以上に信用ならない気配があって心配です。イタリアの人間が会話しているのに「恐れ入谷の鬼子母神」はないでしょう……。
この類の、こなれていると好意的に解釈できないような、砕きすぎて思わずけつまずいてしまうような訳がちょこちょこあります。今のところストーリーの進行にはさして影響はありませんでしたが、感想を書くために色々検索したら「数値間違っている」という突込みまであって気になって仕方ありません。しかし日本語以外でこれを読もうとしたら、一生の大仕事になりそうなので大人しくあきらめます。

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