『春の雪』

2006年3月17日 読書
三島由紀夫、新潮文庫。豊饒の海・第一巻。

父親が三島スキーという割と悪影響な環境で育ったのに読むのははじめて。実家の本棚には何故か二冊しかなかったんだ、豊饒の海。「ある筈だ」と言われたけれど、ないものはない。

先日映画が公開された『春の雪』、宣伝でちらりと見た映像は耽美主義の粋を凝らしたよーな美しさ(喀血した血の演出がちゃちかったけど)、三島の美文に負けずとも劣らず、期待できそうねと思いつつついに見ることはありませんでした。だってあの宣伝だと、ものすごい正統派ラブストーリーみたいなんですもの。

宣伝から捏造した「映画版春の雪妄想ストーリー」↓
主人公はいい家のおぼっちゃん。ヒロインもいいところのお嬢さん。二人は恋仲で好き合っていたが、ヒロインは宮家の王子に見初められて結婚することになる。いいところのぼっちゃんといえども所詮は臣下、しかも学生。宮家との婚姻に反対できるわけもなくヒロイン結婚。そして引越し。汽車に乗って海の近くの新居へゴー。しかし結婚後も二人はひそかに姦通するのであった!
姦通なんて大逆を犯しちゃった主人公はばれて父親に勘当され、ものすごい極貧苦労生活へまっさかさま。それでもヒロインと忍び逢う。冬の日、窮乏する生活によって健康を犯されていた主人公は、ヒロインに会いに行く途中で血を吐いてぶっ倒れるのでした。
物語は二人のその後まで足掛け5(以上10年未満)年を描く。大作。

合ってるんだか合ってないんだか……。
このような想像を一瞬にして組み立て、「なんだ世間一般向けの三島チョイスか、きっと『潮騒』みたいなありえないくらいのまっとうなやつを選んだんだねー(『潮騒』未読)、はいはい白三島白三島」とものすごい勘違いをしていました。なので清顕が鬱屈した性根の持ち主であることがわかったときには一安心しました。あー、普通に三島だなーと。
しかしこんな捻じ曲がった内省に過ぎる清顕を主人公に据えて、どうやって映像化したのか……逆に気になる映画版。

飯沼の退場が早くてびっくり。シャムの王子二人が端役かと思っていたら意外と構成上重要な立場で唸った。蓼科はいやなばーさんだなーと思っていたら、二人が密会するようになってからと言うものキャラ立ちが非常に強烈で、いいとこ持って行きますね。
これがたった一年の間に起こったできごとなのか……。
殺人犯の女が法廷で証言するエピソードなど、合間合間に印象の強い話が挿し込まれている。もーなんていうかとにかく上手い。
あと、一言一句オール耽美で、情景描写などぱっと目の前に光景が浮かび上がります。雪の降る朝や、午後の海辺、ちょっと振り返った妃殿下の横顔、清顕の夢日記など。
ぎゃーうつくしいと叫んでのたうちまわる。

大正初期の貴族社会を舞台に繰り広げられる悲恋物語なのですが、悲しいラブストーリーというよりは、この頃はまだ身分違いお家柄の問題だけで「禁忌の恋」ができたんだなあということのほうが感慨深かったです。勅許のちから、お上という言葉の重さ。源氏物語が思い出される時代背景ですね。位人臣を極めても所詮は臣下、上の勅にはけして逆らうことができない宮廷の恋。
今や恋愛に禁忌なんてない時代。身分違いや家同士のいさかいなんて滅多なことではお目にかかれず、婚約してるから結婚してるからという程度では「禁忌」など口幅ったいわー、という風紀の紊乱ぶり。同性同士なんて問題にもならない。不倫は文化らしいしな。近親相姦まで至ってようやく「禁忌」になる現代は、ドラマチックな悲恋に向いてない気がします。
その近親相姦ですら、兄弟姉妹程度ではそれほど重い禁忌でもない風潮ですし。現代に残された禁忌はあとどのくらいだろう。

読みにくいわけでもないのに、買ってから読み終わるまでなんだかとっても時間がかかりました。面白かったのに中断すること7度くらい?読書する力が衰えている……。
次巻以降も楽しみです。しかし解説が何を言っているのかさぱりわからなかった。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索