酒見賢一、文春文庫。
表紙のミュシャ絵がすごく綺麗で、装丁のセンスが素晴らしい。そしてすいません、ずっと「さかみけんいち」だと思ってました。しかも『陋巷に在り』のひとだと検索するまで気付きませんでした。土下座。
時代はヴィクトリア朝。性に関する奇怪な妄想を抱えた紳士が招待される館で、語り手の語る物語とは。
なんと、作中に「語り手」であるはずの視点が人格を持って「私は語り手です」と登場してしまっているところで既に尋常の小説ではない。「私」はことごとに「私は語り手なので」と自らが語り手であることを強調するが、「私=語り手」が、物語の中での視点、三人称や一人称ナレーションを含むあの語り手であることを了解していないと、一章では語られる妄想が薄弱なので少々混乱する恐れあり。
語り手の言う「語り手の事情」とは、そこで展開されている物語を読者に提供するための外部要請と、物語が語り手に物語を受け取ることが出来る立場で関われという内部要請の二種類あるようです。外部というのは読者が「その場面を見たい」と要求してきたときに真っ暗だから見えませんというのではなく見えるようになるということ。あるいは彼に何が起こっているのか時代に即しない知識であっても、外部読者の水準に合わせて場面を解説すること。内部要請は、物語と全くかかわりがない、つまり物語を知らないものに物語を語ることは出来ないので、語るべき物語と遭遇したときはそ知らぬ顔で通り過ぎることは許されないということ。おおむねこんな感じで解釈しております。
前者の事情は第三章が一番わかりやすいかと。後者についてはあちらこちらに散見されるので、よくよくそのつもりになって読んでみると面白いと思われます。
童貞喪失にテンプレな夢を見る少年、女装趣味かと思いきや女性化妄想を抱く中年、性奴隷の調教を実行しようとする荒くれ男。一回り成長し、妄想まで一回り成長させた少年の再登場。
語りから文章からとにかく上手い。軽妙で精妙、読みやすい文章で、妄想とメタとラブロマンスをつづってしまう辺り、卑怯だ卑怯だと唸ってしまいました。
酒見賢一は『後宮小説』でファンタジーのベル大賞を獲ったとき、文章が美しいと絶賛されていたような気がするんですが、詳細はどうだったかな。『後宮小説』を読んだときはぴんとこなかったのですが、今回『語り手の事情』を読んで文章の美しさにに愕然としました。何故気付かなかった自分。
表紙のミュシャ絵がすごく綺麗で、装丁のセンスが素晴らしい。そしてすいません、ずっと「さかみけんいち」だと思ってました。しかも『陋巷に在り』のひとだと検索するまで気付きませんでした。土下座。
時代はヴィクトリア朝。性に関する奇怪な妄想を抱えた紳士が招待される館で、語り手の語る物語とは。
なんと、作中に「語り手」であるはずの視点が人格を持って「私は語り手です」と登場してしまっているところで既に尋常の小説ではない。「私」はことごとに「私は語り手なので」と自らが語り手であることを強調するが、「私=語り手」が、物語の中での視点、三人称や一人称ナレーションを含むあの語り手であることを了解していないと、一章では語られる妄想が薄弱なので少々混乱する恐れあり。
語り手の言う「語り手の事情」とは、そこで展開されている物語を読者に提供するための外部要請と、物語が語り手に物語を受け取ることが出来る立場で関われという内部要請の二種類あるようです。外部というのは読者が「その場面を見たい」と要求してきたときに真っ暗だから見えませんというのではなく見えるようになるということ。あるいは彼に何が起こっているのか時代に即しない知識であっても、外部読者の水準に合わせて場面を解説すること。内部要請は、物語と全くかかわりがない、つまり物語を知らないものに物語を語ることは出来ないので、語るべき物語と遭遇したときはそ知らぬ顔で通り過ぎることは許されないということ。おおむねこんな感じで解釈しております。
前者の事情は第三章が一番わかりやすいかと。後者についてはあちらこちらに散見されるので、よくよくそのつもりになって読んでみると面白いと思われます。
童貞喪失にテンプレな夢を見る少年、女装趣味かと思いきや女性化妄想を抱く中年、性奴隷の調教を実行しようとする荒くれ男。一回り成長し、妄想まで一回り成長させた少年の再登場。
語りから文章からとにかく上手い。軽妙で精妙、読みやすい文章で、妄想とメタとラブロマンスをつづってしまう辺り、卑怯だ卑怯だと唸ってしまいました。
酒見賢一は『後宮小説』でファンタジーのベル大賞を獲ったとき、文章が美しいと絶賛されていたような気がするんですが、詳細はどうだったかな。『後宮小説』を読んだときはぴんとこなかったのですが、今回『語り手の事情』を読んで文章の美しさにに愕然としました。何故気付かなかった自分。
『あらしのよるに』『あるはれたひに』
2005年4月9日 未分類ついにシリーズ全6巻セットで購入しましたー!専用の箱入りでびっくりしました。これはとても素敵なセットですね。
『あらしのよるに』作:木村裕一、絵:あべ弘士、講談社。
一行目から仰天しました。
「ごうごうと
たたきつけてきた。
それは『あめ』と
いうより、 おそいかかる
みずのつぶたちだ」
ええー?これ絵本ですよね、と三回くらい読み直して、きっとこういう作者なのだろうと思うことに。それでもやっぱり漢字変換したら何かのハードボイルドか歴史小説だよ、と気になって仕方なかったので、わたし以外のひとにもおすそ分け。
「轟々と叩きつけてきた。それは『雨』というより襲いかかる水の粒達だ」
それ、を其れと表記したり、漢字に直せるものを全部直せばもっと凄いことに。
シビアな予感を抱えつつも読み進めます。
嵐に追われて小屋の中に逃げ込んだヤギが一匹。真っ暗なそこで嵐が通り過ぎるのを待っていると、あとから同じように嵐に追われた誰かがやってきます。あとからやってきたのは実はオオカミなのですが、ヤギは気付きません。
で、嵐が過ぎるまで呑気に世間話をしていた二人(二匹)は意気投合してともだちになります。
それはいいんだ。
なにこのハラハラドキドキの展開は!いつ相手がヤギ/オオカミと判明するかもしれないスリルとサスペンスと絶妙の透かされ具合がたまらんです。スパイ映画で敵地に侵入したとき、見つかる?見つかってしまう?ああ、あああっ、キャー!と見つかりそうで見つからない緊張感に「あ、あーっ!」と思わず声を出してしまうことがありますが、そんな感じ。実際「なー!」とか「のぁー!」とか言いながら読みました。緊張と弛緩の配分の巧みさにまんまと踊らされました。主語が違うのに会話が成立しちゃうことって現実でもありますしねー。
続き物だというのは知っていましたが、最初から「次巻に続く」ものとしてかかれたものだと思っていなかったので、ちょっと驚き。
『あるはれたひに』
お出かけの約束をした二匹がお弁当持って山のてっぺんまでハイキング。
空腹状態で、ちょっとだけならいいかな、耳だけとか……って血が出るし駄目に決まってるじゃん!と葛藤するオオカミ。
信頼してるけど命がかかっているので、どうしても大丈夫かなと心配になり、ともだちを疑うのはいけないと葛藤するヤギ。
「ヤギのけたたましいひめいが、
どうくつのそとまでひびきわたった」
わたしの悲鳴も部屋の中にひびきわたりました。二人の友情は二巻で終わりなのー?!と慌ててページをめくって、
ラストまでにあと二回ばかり悲鳴を上げました。
木村裕一(さくしゃ)がわたしの心を弄びまくり〜。っていうか踊らされまくり〜。
後半が怒涛で気を抜けない二冊目。
『あらしのよるに』作:木村裕一、絵:あべ弘士、講談社。
一行目から仰天しました。
「ごうごうと
たたきつけてきた。
それは『あめ』と
いうより、 おそいかかる
みずのつぶたちだ」
ええー?これ絵本ですよね、と三回くらい読み直して、きっとこういう作者なのだろうと思うことに。それでもやっぱり漢字変換したら何かのハードボイルドか歴史小説だよ、と気になって仕方なかったので、わたし以外のひとにもおすそ分け。
「轟々と叩きつけてきた。それは『雨』というより襲いかかる水の粒達だ」
それ、を其れと表記したり、漢字に直せるものを全部直せばもっと凄いことに。
シビアな予感を抱えつつも読み進めます。
嵐に追われて小屋の中に逃げ込んだヤギが一匹。真っ暗なそこで嵐が通り過ぎるのを待っていると、あとから同じように嵐に追われた誰かがやってきます。あとからやってきたのは実はオオカミなのですが、ヤギは気付きません。
で、嵐が過ぎるまで呑気に世間話をしていた二人(二匹)は意気投合してともだちになります。
それはいいんだ。
なにこのハラハラドキドキの展開は!いつ相手がヤギ/オオカミと判明するかもしれないスリルとサスペンスと絶妙の透かされ具合がたまらんです。スパイ映画で敵地に侵入したとき、見つかる?見つかってしまう?ああ、あああっ、キャー!と見つかりそうで見つからない緊張感に「あ、あーっ!」と思わず声を出してしまうことがありますが、そんな感じ。実際「なー!」とか「のぁー!」とか言いながら読みました。緊張と弛緩の配分の巧みさにまんまと踊らされました。主語が違うのに会話が成立しちゃうことって現実でもありますしねー。
続き物だというのは知っていましたが、最初から「次巻に続く」ものとしてかかれたものだと思っていなかったので、ちょっと驚き。
『あるはれたひに』
お出かけの約束をした二匹がお弁当持って山のてっぺんまでハイキング。
空腹状態で、ちょっとだけならいいかな、耳だけとか……って血が出るし駄目に決まってるじゃん!と葛藤するオオカミ。
信頼してるけど命がかかっているので、どうしても大丈夫かなと心配になり、ともだちを疑うのはいけないと葛藤するヤギ。
「ヤギのけたたましいひめいが、
どうくつのそとまでひびきわたった」
わたしの悲鳴も部屋の中にひびきわたりました。二人の友情は二巻で終わりなのー?!と慌ててページをめくって、
ラストまでにあと二回ばかり悲鳴を上げました。
木村裕一(さくしゃ)がわたしの心を弄びまくり〜。っていうか踊らされまくり〜。
後半が怒涛で気を抜けない二冊目。
読んでるけど書いてねえ!
買ってるのにそれも書いてねえ!
しかも「わたし+敬語」にしてみるんじゃなかったのかよ!
クソクソクソ!
某どっかで見たようなテンションで悔やんでみました。今、部屋内部の配線が終わったNTTさんが、外の配線工事をしています。光回線って導入までに一月かかるんじゃなかったの。
買ったもの
『あらしのよるに』(全6巻セット)
『語り手の事情』
読んだもの
『ブラックロッド』
『ブラッドジャケット』
『ブライトライツ・ホーリーランド』
探しているもの
自転車でいける図書館までの最短経路。
買ってるのにそれも書いてねえ!
しかも「わたし+敬語」にしてみるんじゃなかったのかよ!
クソクソクソ!
某どっかで見たようなテンションで悔やんでみました。今、部屋内部の配線が終わったNTTさんが、外の配線工事をしています。光回線って導入までに一月かかるんじゃなかったの。
買ったもの
『あらしのよるに』(全6巻セット)
『語り手の事情』
読んだもの
『ブラックロッド』
『ブラッドジャケット』
『ブライトライツ・ホーリーランド』
探しているもの
自転車でいける図書館までの最短経路。
二月後半の日記タイトルに、某ゲーム名が入っていたため、感想がないにもかかわらず検索で飛んでいらっしゃる方が絶えません。
だから感想ないんだよ!
と、一々申し訳なくなったりアレしたりコレしたりするのもなんなので、タイトル編集しました(これでもまだ飛んでくる人がいたら、頭抱えてNOOO!決定)。
だから感想ないんだよ!
と、一々申し訳なくなったりアレしたりコレしたりするのもなんなので、タイトル編集しました(これでもまだ飛んでくる人がいたら、頭抱えてNOOO!決定)。
『ブライトライツ・ホーリーランド』
2005年4月6日 未分類古橋秀之、メディアワークス電撃文庫。
『ブラックロッド』三部作、堂々の完結編。
「其は比類なき魔術師――ただひたすらに唯一無二!!」
以上の言葉を古橋秀之にささげて感想終了。
……うわーん、自分で納得できる感想を書いたら出直してくるからそれまで待ってろー!
「唯一無二」は「ユニーク」って読まなきゃ駄目です。
『ブラックロッド』三部作、堂々の完結編。
「其は比類なき魔術師――ただひたすらに唯一無二!!」
以上の言葉を古橋秀之にささげて感想終了。
……うわーん、自分で納得できる感想を書いたら出直してくるからそれまで待ってろー!
「唯一無二」は「ユニーク」って読まなきゃ駄目です。
『ブラッドジャケット』
2005年4月5日 未分類古橋秀之、メディアワークス電撃文庫。
<ケイオス・ヘキサ>を舞台にする物語三部作、『ブラックロッド』『ブラッドジャケット』『ブライトライツ・ホーリーランド』。その二冊目。受賞後第一作。前作では語られなかった吸血鬼ロング・ファングと吸血鬼殲滅部隊”ブラッドジャケット”のエピソード。
のはず、多分。
今回の見どころは、大論理器械ライマン脳とヘルシング、アーヴィング&ミラ、ヴァージニア3と4、かなしい<ロング・ファング>の性癖、元殺人鬼の直結最強神父。あと、前作の「仏っ締めろ」に続く「バチ食らいやがれ」。電波教徒の皆さんも捨て難い。
粗筋の紹介がほとんど不可能に近いので、素敵エピソードの断片を繋ぎ繋いでご紹介。
最愛の娘を<ロング・ファング>に噛まれた吸血鬼学者ヘルシングは、ハックルボーン神父と呪装戦術隊とを率いて吸血鬼を追っていた。一方熾烈な追撃を凌ぐ<ロング・ファング>に価値ありと判断した降魔局が、V4を使って<ロング・ファング>に意味ありげなちょっかいをかける。その頃主人公のアーヴィーは『ウェスト屍体蘇生センター』で事故死体の一次蘇生保全処置をして働き、寝たきりの母親を養っている。
ある日、仕事中に処理死体の衣服からEマグが拾い出される、ふとした拍子にその引き金を引くアーヴィー。
ヘルシングが<ロング・ファング>を見失った後、吸血鬼化の進行を食い止めるために仮死停滞状態にあったミラ・ヘルシングが何故か目を覚ます。
ここからが怒涛。
殺人鬼の愛の逃避行は直球ど真ん中、魂のからっぽなさびしい吸血鬼は計測不能な剛速球。執念に燃える老吸血鬼学者は娘にすら銃口を向け、殺人鬼の銃弾を浴びた神父は高次元の存在と直結、「奇蹟」を起こす。血飛沫と肉片と銃弾と神の愛が景気良くぶちまけられる、問答無用の殺戮劇が開幕。何もかもがヤバイ。ヤバさの量も濃度も前作を上回って、疾走感は変わらず速度は維持。閉幕も全く巧妙に、「フック兄弟」の結末は泣かす。
ところが不満な点も前作と似たり寄ったり。アーヴィーの現実味のない視点が物語に占める比率がやや高めなため、茫洋とした印象が少しばかり過剰で、前半は散漫な印象が拭えない。アーヴィーの現実味の乏しい地に足がついていないキャラクターの造形はそれはそれで美味しいのだけれども、ミラに会うまでどうもぱっとせず、ぱっとしないという効果を狙っているのはわかるんだけれども長すぎて逆に退屈。薄味もよいけれど味のない料理ばかり大量に出ても飽きるわよ、と。ヘルシング教授(博士?)も、周囲の面子が濃すぎるせいか、ひとり正統派を貫いた結果、地味〜なことになってます。関係ないですがV3というとライダーキック。
V4と<ロング・ファング>の最初の遭遇シーン、
「外観とはうらはらに、不安定に揺れている。
揺れる魂を感じると、彼は切なくなる。
おのが魂の空虚を感じ、切ないほどに、腹がへる。」
にしびれた。この吸血鬼、いとしいほどに相手を喰らいたくなり、そうして喰らった結果としてさびしくなって「神様は嫌いだ」とか言い出すので、読んでいて脳内の怪しい液体が沸騰するかと思いました。あー、もう!なんだおまえなんだおまえ、「羊の群れの中に住む、さびしがりやのオオカミ」なんてばっちり見抜かれてる場合じゃないよかわいいなー!!このようにわたし大興奮。
ミラとアーヴィーが二人でいる間は一言一句全てに満足。ミラかわいいよミラ。伊達にヘルシングじゃないところも、シリアルキラーっぽい性格もみんな大好きだ。君と東に行きたい。
あとがきのラスト一行を「俺が。」なんてわざわざ改行してしめちゃってる古橋秀之もかわいい。
で、感想書こうと思って読み返したら、直結野郎の凄まじさに腹筋よじれるほど笑いました。緊迫緊張、切迫した現状がひしひしと伝わってくるのに、同時に「これ笑うところだろ絶対に」という確信というか爆笑も一緒にこみ上げてくるから不思議です。なんだろう、この本。
今回一番心臓直撃したのがライマン脳の台詞。「言え、ヘンリー・マクファーソン。ただひと言、「イエス」と」。痺れるというより最早総毛立つ感触を味わいました。あひゃー。
<ケイオス・ヘキサ>を舞台にする物語三部作、『ブラックロッド』『ブラッドジャケット』『ブライトライツ・ホーリーランド』。その二冊目。受賞後第一作。前作では語られなかった吸血鬼ロング・ファングと吸血鬼殲滅部隊”ブラッドジャケット”のエピソード。
のはず、多分。
今回の見どころは、大論理器械ライマン脳とヘルシング、アーヴィング&ミラ、ヴァージニア3と4、かなしい<ロング・ファング>の性癖、元殺人鬼の直結最強神父。あと、前作の「仏っ締めろ」に続く「バチ食らいやがれ」。電波教徒の皆さんも捨て難い。
粗筋の紹介がほとんど不可能に近いので、素敵エピソードの断片を繋ぎ繋いでご紹介。
最愛の娘を<ロング・ファング>に噛まれた吸血鬼学者ヘルシングは、ハックルボーン神父と呪装戦術隊とを率いて吸血鬼を追っていた。一方熾烈な追撃を凌ぐ<ロング・ファング>に価値ありと判断した降魔局が、V4を使って<ロング・ファング>に意味ありげなちょっかいをかける。その頃主人公のアーヴィーは『ウェスト屍体蘇生センター』で事故死体の一次蘇生保全処置をして働き、寝たきりの母親を養っている。
ある日、仕事中に処理死体の衣服からEマグが拾い出される、ふとした拍子にその引き金を引くアーヴィー。
ヘルシングが<ロング・ファング>を見失った後、吸血鬼化の進行を食い止めるために仮死停滞状態にあったミラ・ヘルシングが何故か目を覚ます。
ここからが怒涛。
殺人鬼の愛の逃避行は直球ど真ん中、魂のからっぽなさびしい吸血鬼は計測不能な剛速球。執念に燃える老吸血鬼学者は娘にすら銃口を向け、殺人鬼の銃弾を浴びた神父は高次元の存在と直結、「奇蹟」を起こす。血飛沫と肉片と銃弾と神の愛が景気良くぶちまけられる、問答無用の殺戮劇が開幕。何もかもがヤバイ。ヤバさの量も濃度も前作を上回って、疾走感は変わらず速度は維持。閉幕も全く巧妙に、「フック兄弟」の結末は泣かす。
ところが不満な点も前作と似たり寄ったり。アーヴィーの現実味のない視点が物語に占める比率がやや高めなため、茫洋とした印象が少しばかり過剰で、前半は散漫な印象が拭えない。アーヴィーの現実味の乏しい地に足がついていないキャラクターの造形はそれはそれで美味しいのだけれども、ミラに会うまでどうもぱっとせず、ぱっとしないという効果を狙っているのはわかるんだけれども長すぎて逆に退屈。薄味もよいけれど味のない料理ばかり大量に出ても飽きるわよ、と。ヘルシング教授(博士?)も、周囲の面子が濃すぎるせいか、ひとり正統派を貫いた結果、地味〜なことになってます。関係ないですがV3というとライダーキック。
V4と<ロング・ファング>の最初の遭遇シーン、
「外観とはうらはらに、不安定に揺れている。
揺れる魂を感じると、彼は切なくなる。
おのが魂の空虚を感じ、切ないほどに、腹がへる。」
にしびれた。この吸血鬼、いとしいほどに相手を喰らいたくなり、そうして喰らった結果としてさびしくなって「神様は嫌いだ」とか言い出すので、読んでいて脳内の怪しい液体が沸騰するかと思いました。あー、もう!なんだおまえなんだおまえ、「羊の群れの中に住む、さびしがりやのオオカミ」なんてばっちり見抜かれてる場合じゃないよかわいいなー!!このようにわたし大興奮。
ミラとアーヴィーが二人でいる間は一言一句全てに満足。ミラかわいいよミラ。伊達にヘルシングじゃないところも、シリアルキラーっぽい性格もみんな大好きだ。君と東に行きたい。
あとがきのラスト一行を「俺が。」なんてわざわざ改行してしめちゃってる古橋秀之もかわいい。
で、感想書こうと思って読み返したら、直結野郎の凄まじさに腹筋よじれるほど笑いました。緊迫緊張、切迫した現状がひしひしと伝わってくるのに、同時に「これ笑うところだろ絶対に」という確信というか爆笑も一緒にこみ上げてくるから不思議です。なんだろう、この本。
今回一番心臓直撃したのがライマン脳の台詞。「言え、ヘンリー・マクファーソン。ただひと言、「イエス」と」。痺れるというより最早総毛立つ感触を味わいました。あひゃー。
古橋秀之、メディアワークス電撃文庫。
装甲倍力袈裟とか、機甲折伏隊とか、もうこの時点でやばいだろ。しかも開始2ページ目。
やばい、やばすぎる。
プロローグで「機甲折伏隊」に「ガンボーズ」とルビ振って、第一章開始2行目で「少年僧侶」に「ボーズキッズ」とルビ振ってある時点で余りのヤバさに手がふるえました。
それで舞台となる都市の名前が<ケイオス・ヘキサ>。もうついていけない、完全に振り切られた。守備範囲どころか予想もしなかった世界の広がりを目前に呆然。霊視眼がグラムサイトだったり、残留思念濃度計がラルヴァカウンターだったりしたって、その程度の格好よさなんてここじゃ普通=平凡だと脳内世界を広げられる実感がありました。こう、ぐぐっと縦に細かった視界が、両サイドに広げられて、線から円形になるような感覚で視野が広がったわけです。
なんだこれ。
黒杖特捜官<ブラックロッド>が登場して、都市の奈落堕ち(フォールダウン)を目論む正体不明の男を追っても、「格好いいなあ」で済んじゃうわけですよ。普通なら喝采を叫ぶような出来事が、この作品中に限っては一言で済む扱いになっている。グラム単位で世界を計っていたら、突然キログラム単位でないと計測できないものを眼前に突きつけられた感じ?次元が違う、あるいはものさしが違う、世界を一段階登らなければ見えないものが氾濫している。
公安局からは、精神拘束と身体施呪によって<個>を剥奪された完璧な特捜官が。降魔局からは、悪魔憑きの魔女の精神コピーをホストに宿らせた妖術技官が。派遣されたこの二人がペアを組んで、大戦後三つの積層都市を奈落堕ちさせたテロリストを追う。その合間に私立探偵ビリーが街の下層へと、いわくありげな依頼を受けて人捜しに潜ってゆく。
ヴァージニア7がブラックロッドとの間に持っていた、混沌と悲惨な舞台にそぐわぬ「ささやかなロマンス」を記録的に引き継いだヴァージニア9。V7とV9の違いに戸惑う素振りを見せるブラックロッド。最終決戦は最下層、テロリストの正体を暴いて撃滅して終わらない。
仕組まれたエピソードの巧みさに卓袱台返し。
ブラックロッドの章と交互するビリー主体のエピソードが地味だとか、ランドー意外と地味だとか、不満はそこそこにあります。ルビが大量発生する怪しげな用語が鮮烈過ぎて、普通のファンタジーやらなにやらに登場する単語がかすんで見えるのも惜しい。ひるがえせばその程度の格好よさなど埋没する世界であるとも言えるのですが、冒頭とラスト6ページが際立ちすぎて、その他のエピソードの大部分がいっそ陳腐に堕すのよ!
「聖光浴」には爆笑したし(何処の世界でもいつの時代でも、末期に近い教会の商売根性はあざとくて見上げるばかりだ)「牧師」に「うりこ」とルビ振るセンスには絶句させられたし「祝福単位」には顎外しました。「500Gch/pin」とか斬新な上にマニアック!もうたまらん。「エントロピー増大→奈落堕ち(フォールダウン)」のエピソードにすかさず萩原一至を連想したひととは友達になれそうな気がします。「圧唱」がアツイ。
で、あとがき読んだら古橋秀之が予想外に普通のひとで(わたしが勝手に規定する「凝りに凝った設定や用語を駆使する20代男性ライトノベル作家にありがちなメンタリティまたはパーソナリティ」という意味で普通)、かわいらしさがそこかしこからにじみ出てました。たいそう失礼な物言いかもしれませんが、身近にこんな男性いたら頭撫でたいですよ?という部類。
読み終わって確認した、初出が96年という事実に衝撃を受けすぎて緊急停止。96年?96年んんんー?!それじゃあ古橋秀之は9年前にこの本を出してしかも新人賞でこれがデビュー作なのか!あわわわわわわ。9年前って、早すぎなかった?大丈夫だった?今読んでも言葉を失うほどに新奇の作品が、9年前に受け入れられたのか?あの巧緻に仕組まれた事件の終結を新人が書いたのか?
今、自分の感性が半死半生であることが痛烈に悔しく、いっそ死んでいればここまで悔しがることもなく、生きていれば思う存分直撃を浴びて満足しながらずたぼろに吹っ飛ばされてしばらく再起できなくなっていただろうにと歯噛み歯噛み歯噛み。しかし、9年前にこんなのと巡り会って(直撃食らって)いたら、今頃人生違う方向に進んでましたよ間違いなく。
いやー、大変なものを読んだ。
装甲倍力袈裟とか、機甲折伏隊とか、もうこの時点でやばいだろ。しかも開始2ページ目。
やばい、やばすぎる。
プロローグで「機甲折伏隊」に「ガンボーズ」とルビ振って、第一章開始2行目で「少年僧侶」に「ボーズキッズ」とルビ振ってある時点で余りのヤバさに手がふるえました。
それで舞台となる都市の名前が<ケイオス・ヘキサ>。もうついていけない、完全に振り切られた。守備範囲どころか予想もしなかった世界の広がりを目前に呆然。霊視眼がグラムサイトだったり、残留思念濃度計がラルヴァカウンターだったりしたって、その程度の格好よさなんてここじゃ普通=平凡だと脳内世界を広げられる実感がありました。こう、ぐぐっと縦に細かった視界が、両サイドに広げられて、線から円形になるような感覚で視野が広がったわけです。
なんだこれ。
黒杖特捜官<ブラックロッド>が登場して、都市の奈落堕ち(フォールダウン)を目論む正体不明の男を追っても、「格好いいなあ」で済んじゃうわけですよ。普通なら喝采を叫ぶような出来事が、この作品中に限っては一言で済む扱いになっている。グラム単位で世界を計っていたら、突然キログラム単位でないと計測できないものを眼前に突きつけられた感じ?次元が違う、あるいはものさしが違う、世界を一段階登らなければ見えないものが氾濫している。
公安局からは、精神拘束と身体施呪によって<個>を剥奪された完璧な特捜官が。降魔局からは、悪魔憑きの魔女の精神コピーをホストに宿らせた妖術技官が。派遣されたこの二人がペアを組んで、大戦後三つの積層都市を奈落堕ちさせたテロリストを追う。その合間に私立探偵ビリーが街の下層へと、いわくありげな依頼を受けて人捜しに潜ってゆく。
ヴァージニア7がブラックロッドとの間に持っていた、混沌と悲惨な舞台にそぐわぬ「ささやかなロマンス」を記録的に引き継いだヴァージニア9。V7とV9の違いに戸惑う素振りを見せるブラックロッド。最終決戦は最下層、テロリストの正体を暴いて撃滅して終わらない。
仕組まれたエピソードの巧みさに卓袱台返し。
ブラックロッドの章と交互するビリー主体のエピソードが地味だとか、ランドー意外と地味だとか、不満はそこそこにあります。ルビが大量発生する怪しげな用語が鮮烈過ぎて、普通のファンタジーやらなにやらに登場する単語がかすんで見えるのも惜しい。ひるがえせばその程度の格好よさなど埋没する世界であるとも言えるのですが、冒頭とラスト6ページが際立ちすぎて、その他のエピソードの大部分がいっそ陳腐に堕すのよ!
「聖光浴」には爆笑したし(何処の世界でもいつの時代でも、末期に近い教会の商売根性はあざとくて見上げるばかりだ)「牧師」に「うりこ」とルビ振るセンスには絶句させられたし「祝福単位」には顎外しました。「500Gch/pin」とか斬新な上にマニアック!もうたまらん。「エントロピー増大→奈落堕ち(フォールダウン)」のエピソードにすかさず萩原一至を連想したひととは友達になれそうな気がします。「圧唱」がアツイ。
で、あとがき読んだら古橋秀之が予想外に普通のひとで(わたしが勝手に規定する「凝りに凝った設定や用語を駆使する20代男性ライトノベル作家にありがちなメンタリティまたはパーソナリティ」という意味で普通)、かわいらしさがそこかしこからにじみ出てました。たいそう失礼な物言いかもしれませんが、身近にこんな男性いたら頭撫でたいですよ?という部類。
読み終わって確認した、初出が96年という事実に衝撃を受けすぎて緊急停止。96年?96年んんんー?!それじゃあ古橋秀之は9年前にこの本を出してしかも新人賞でこれがデビュー作なのか!あわわわわわわ。9年前って、早すぎなかった?大丈夫だった?今読んでも言葉を失うほどに新奇の作品が、9年前に受け入れられたのか?あの巧緻に仕組まれた事件の終結を新人が書いたのか?
今、自分の感性が半死半生であることが痛烈に悔しく、いっそ死んでいればここまで悔しがることもなく、生きていれば思う存分直撃を浴びて満足しながらずたぼろに吹っ飛ばされてしばらく再起できなくなっていただろうにと歯噛み歯噛み歯噛み。しかし、9年前にこんなのと巡り会って(直撃食らって)いたら、今頃人生違う方向に進んでましたよ間違いなく。
いやー、大変なものを読んだ。
『マリア様がみてる 妹オーディション』
2005年4月3日 未分類今野緒雪、集英社コバルト文庫。
笙子さんかわいいよ笙子さん。蔦子さんも相変わらずラブい。
そしてとんだところに伏兵が!試合開始30秒で田中有馬にノックアウトですよ。
電動ドリルの出番が少なくて、ツンデレ分が不足です。もっと祐巳と一緒に登場してください。
妹オーディションを開くのは、妹属性のオタクの夢だと思います。
あと、さりげなく乃梨子さんがドリルを大好きで良かったです。
復帰第一発目がこんなのですいません。
笙子さんかわいいよ笙子さん。蔦子さんも相変わらずラブい。
そしてとんだところに伏兵が!試合開始30秒で田中有馬にノックアウトですよ。
電動ドリルの出番が少なくて、ツンデレ分が不足です。もっと祐巳と一緒に登場してください。
妹オーディションを開くのは、妹属性のオタクの夢だと思います。
あと、さりげなく乃梨子さんがドリルを大好きで良かったです。
復帰第一発目がこんなのですいません。
しかしして、生活は未だに落ち着かず、発見した図書館は歩いていける距離ではなく、仕方がないので引越し作業中に発掘された家主の本でも読んで暮らそうと思います。
いきなりライトノベルで埋めつくされたり、政治関係の本で埋め尽くされたりしたら、それは家主のセンスですのであしからずご了承下さい。
近所にセブンイレブンがないよヽ(`Д´)ノウワアアン
いきなりライトノベルで埋めつくされたり、政治関係の本で埋め尽くされたりしたら、それは家主のセンスですのであしからずご了承下さい。
近所にセブンイレブンがないよヽ(`Д´)ノウワアアン
しばらく図書館通いもネットもお休みですよ……。
これを期に、しばらく重たい本でもじっくり読むことにします。
引越し先でも図書館が近いといいんだけどなあ。
これを期に、しばらく重たい本でもじっくり読むことにします。
引越し先でも図書館が近いといいんだけどなあ。
『陰陽師 龍笛ノ巻』
2005年3月20日 未分類夢枕獏、文春文庫。
「怪蛇」「首」「虫めづる姫」「呼ぶ声の」「飛仙」収録。
『生成り姫』ってアサヒだったのか!近所の本屋では一括して「陰陽師」とシリーズで並んでたから気付かなかった。
賀茂保憲登場。着ていた水干が黒かったのでびっくりしましたよ。微妙に想像しにくい。そして連れてる式神が超キュート。めんどくさがりやでねこだいすき、って言うとやけに面白かわいらしい人に聞こえる。
あとは道満さんと晴明の、性格の悪さ対決が引き分け。
竹竿でつっつかれる、情けない仙人萌え。
どこがどうだと騒ぐ作品ではないので、個人的にまったり楽しむが吉。
「怪蛇」「首」「虫めづる姫」「呼ぶ声の」「飛仙」収録。
『生成り姫』ってアサヒだったのか!近所の本屋では一括して「陰陽師」とシリーズで並んでたから気付かなかった。
賀茂保憲登場。着ていた水干が黒かったのでびっくりしましたよ。微妙に想像しにくい。そして連れてる式神が超キュート。めんどくさがりやでねこだいすき、って言うとやけに面白かわいらしい人に聞こえる。
あとは道満さんと晴明の、性格の悪さ対決が引き分け。
竹竿でつっつかれる、情けない仙人萌え。
どこがどうだと騒ぐ作品ではないので、個人的にまったり楽しむが吉。
皆川博子、早川書房。
あれ、ハヤカワ・ミステリワールドですね、この本。
ラスト付近の、人間関係がまるまるくつがえされる仕掛けを見て、うわあミステリだと驚いたのは正しかった。カバー背中にある解説だと、なんだか純文学の頂点みたいなことになってますが、どちらかと言うと問答無用のエンタテインメントだと思います。
第二次大戦下のドイツ。マルガレーテは身よりもなく私生児を身ごもり、出産までの日々を<レーベンスボルン>という施設で暮らしている。その施設は「完全なるアーリアン」を増やすため、産婦や子ども達を集めていた。マルガレーテは、芸術を偏愛する医者クラウスに求婚され、エーリヒ、フランツ二人の少年の養母となる。戦争の行われているあいだ、危うい均衡を保っていた寄せ集めの家族は、戦争の終結とともに崩壊した。
第二次大戦が終わってから14年。ゲルトは<国防スポーツ団>に、友人に誘われて入団したが、キャンプ中に脱走する。母親と二人暮しであったが、その母は男と手を取ってアパートを出て行ってしまった。スポーツ団のヘルムートのしつこい勧誘を逃れ、適当に身を置く場所を探すうちに、ゲルトはエーリヒ、フランツの少年二人と知り合いになる。そのころ、クラウスと知り合いになったギュンターは、自分の子を産んだらしいマルガレーテと再会し、一目で恋に落ちる。
前半と後半で時代がかなり違います。登場人物も一部を除いてさまがわり。前半で主な視点であったマルガレーテは、後半では正常な思考を失い、時の流れに取り残されたような状態に。お金もちで軽薄な美青年だったギュンターはうらぶれた中年に。声楽を仕込まれた兄弟二人は、仮装して歌う大道芸人に。クラウスだけが相も変わらず偏執的に美を愛する、尊大不遜な変態ですが。
耽美好きな人にものすごくおすすめ。ボーイソプラノを保つために去勢された美少年と、その兄。古城の地下にある塩の湖と通路。薬物の投与によって成長を早められた美少女と、その双子の片割れ。追い詰められ義理の息子に恋をする母。人体実験。美に異常な偏執を示す、倣岸尊大な医者。作中作の、さらに作中作。
「死の泉」の装丁以外を残らず再現する、作者の細密なこだわりににやりとさせられました。前半のマルガレーテ一人称が、後半で手記になって登場するくだりを読んだとき、それまでの自分を虚構だと言われたような気がしてぎくっとしました。知らずに一人称に共感して読んでいたところを、作中人物に外側から眺められた気分。あとがきの足の謎まで含めて、素晴らしくミステリな一冊。
ただ、どうしてもゲルトとヘルムートが好きになれないので、そこだけ減点。出番も妙に薄いし。
あれ、ハヤカワ・ミステリワールドですね、この本。
ラスト付近の、人間関係がまるまるくつがえされる仕掛けを見て、うわあミステリだと驚いたのは正しかった。カバー背中にある解説だと、なんだか純文学の頂点みたいなことになってますが、どちらかと言うと問答無用のエンタテインメントだと思います。
第二次大戦下のドイツ。マルガレーテは身よりもなく私生児を身ごもり、出産までの日々を<レーベンスボルン>という施設で暮らしている。その施設は「完全なるアーリアン」を増やすため、産婦や子ども達を集めていた。マルガレーテは、芸術を偏愛する医者クラウスに求婚され、エーリヒ、フランツ二人の少年の養母となる。戦争の行われているあいだ、危うい均衡を保っていた寄せ集めの家族は、戦争の終結とともに崩壊した。
第二次大戦が終わってから14年。ゲルトは<国防スポーツ団>に、友人に誘われて入団したが、キャンプ中に脱走する。母親と二人暮しであったが、その母は男と手を取ってアパートを出て行ってしまった。スポーツ団のヘルムートのしつこい勧誘を逃れ、適当に身を置く場所を探すうちに、ゲルトはエーリヒ、フランツの少年二人と知り合いになる。そのころ、クラウスと知り合いになったギュンターは、自分の子を産んだらしいマルガレーテと再会し、一目で恋に落ちる。
前半と後半で時代がかなり違います。登場人物も一部を除いてさまがわり。前半で主な視点であったマルガレーテは、後半では正常な思考を失い、時の流れに取り残されたような状態に。お金もちで軽薄な美青年だったギュンターはうらぶれた中年に。声楽を仕込まれた兄弟二人は、仮装して歌う大道芸人に。クラウスだけが相も変わらず偏執的に美を愛する、尊大不遜な変態ですが。
耽美好きな人にものすごくおすすめ。ボーイソプラノを保つために去勢された美少年と、その兄。古城の地下にある塩の湖と通路。薬物の投与によって成長を早められた美少女と、その双子の片割れ。追い詰められ義理の息子に恋をする母。人体実験。美に異常な偏執を示す、倣岸尊大な医者。作中作の、さらに作中作。
「死の泉」の装丁以外を残らず再現する、作者の細密なこだわりににやりとさせられました。前半のマルガレーテ一人称が、後半で手記になって登場するくだりを読んだとき、それまでの自分を虚構だと言われたような気がしてぎくっとしました。知らずに一人称に共感して読んでいたところを、作中人物に外側から眺められた気分。あとがきの足の謎まで含めて、素晴らしくミステリな一冊。
ただ、どうしてもゲルトとヘルムートが好きになれないので、そこだけ減点。出番も妙に薄いし。
『M.G.H. 楽園の鏡像』
2005年3月15日 未分類三雲岳人、徳間書店。
無重力空間をゆっくりと漂う死体。破損した無骨な作業服と散らばった血粒―その姿はまるで数十メートルの高度から墜落したかのようだった!?日本初の多目的宇宙ステーション『白鳳』で起きた不可解な死は、はたして事故なのか、事件なのか。従妹の森鷹舞衣とともに、『白鳳』を訪れていた鷲見崎凌は、謎の真相を探ることになる…。ハイテクノロジーが集積する場所で、人は何を思い描くのか。第1回日本SF新人賞を、選考会満場一致で受賞した本格SFミステリー。(「BOOK」データベースより)
酷評するので好きな人は回れ右。
なんですかこの森博嗣の劣化コピーみたいな登場人物造形は。
ヒロインの、オタク向けメディアにありがちな都合のよさにも素で腹が立った。ありがち過ぎていまどき何処探してもいないぞこんなの。どうせならもっとあざとく、戸籍上は妹だけど四親等だから結婚できる間柄ですよ、くらいやってくれれば読み手も「狙ってるな、この作者」と嬉しくにやりとできたのに。強引を通り越して、単なる傲慢な馬鹿にしか見えません。主人公も(後半はともかく)前半ではひたすら鬱陶しい、自称孤高の天才。やかましいわ。京都の大学で助手をしていて専門は材料工学なんてどっかで聞いたようなプロフィールさげて出てくるくらいなら、もっと天才してから物を言え。過去の事件をきっかけに、外界に対して心を閉ざしているらしいですが、天才が一般市民と隔絶してるのと自分がトラウマで引きこもってるのを一緒くたにしているとしか思えませんね。よくわからない優越感が露骨で、こんな主人公とヒロインの話が読めるほど気が長くないんじゃー!と途中でうっかり投げそうになりました。しかし、大賞受賞作であること、世間で評判がいいらしいことを考えれば、登場人物の駄目さ加減を補ってあまりあるほどの凄い仕掛けがあるに違いない、と自分にいい聞かせて続行。
トリックは凄かった。面白かった。手に取るきっかけになった、与圧服(宇宙服みたいなもの)を着て無重力空間にただよう墜落死体と、無重力状態で球形の血液。被害者一人だけを襲った、宇宙ステーション内部の真空。どちらも発想の逆転が必要な仕掛けで「おおう!」と思わず手をうちました。なるほどなあ。犯人も完全に想定外。
うん、でも、博士がなんのために登場したのかさっぱりわかりませんでした。
あと、地球に衛星が落下しない理屈も、完全文系のわたしにはわかりません。
頼むよほんと……。もったいない……。
無重力空間をゆっくりと漂う死体。破損した無骨な作業服と散らばった血粒―その姿はまるで数十メートルの高度から墜落したかのようだった!?日本初の多目的宇宙ステーション『白鳳』で起きた不可解な死は、はたして事故なのか、事件なのか。従妹の森鷹舞衣とともに、『白鳳』を訪れていた鷲見崎凌は、謎の真相を探ることになる…。ハイテクノロジーが集積する場所で、人は何を思い描くのか。第1回日本SF新人賞を、選考会満場一致で受賞した本格SFミステリー。(「BOOK」データベースより)
酷評するので好きな人は回れ右。
なんですかこの森博嗣の劣化コピーみたいな登場人物造形は。
ヒロインの、オタク向けメディアにありがちな都合のよさにも素で腹が立った。ありがち過ぎていまどき何処探してもいないぞこんなの。どうせならもっとあざとく、戸籍上は妹だけど四親等だから結婚できる間柄ですよ、くらいやってくれれば読み手も「狙ってるな、この作者」と嬉しくにやりとできたのに。強引を通り越して、単なる傲慢な馬鹿にしか見えません。主人公も(後半はともかく)前半ではひたすら鬱陶しい、自称孤高の天才。やかましいわ。京都の大学で助手をしていて専門は材料工学なんてどっかで聞いたようなプロフィールさげて出てくるくらいなら、もっと天才してから物を言え。過去の事件をきっかけに、外界に対して心を閉ざしているらしいですが、天才が一般市民と隔絶してるのと自分がトラウマで引きこもってるのを一緒くたにしているとしか思えませんね。よくわからない優越感が露骨で、こんな主人公とヒロインの話が読めるほど気が長くないんじゃー!と途中でうっかり投げそうになりました。しかし、大賞受賞作であること、世間で評判がいいらしいことを考えれば、登場人物の駄目さ加減を補ってあまりあるほどの凄い仕掛けがあるに違いない、と自分にいい聞かせて続行。
トリックは凄かった。面白かった。手に取るきっかけになった、与圧服(宇宙服みたいなもの)を着て無重力空間にただよう墜落死体と、無重力状態で球形の血液。被害者一人だけを襲った、宇宙ステーション内部の真空。どちらも発想の逆転が必要な仕掛けで「おおう!」と思わず手をうちました。なるほどなあ。犯人も完全に想定外。
うん、でも、博士がなんのために登場したのかさっぱりわかりませんでした。
あと、地球に衛星が落下しない理屈も、完全文系のわたしにはわかりません。
頼むよほんと……。もったいない……。
『月は幽咽のデバイス』
2005年3月14日 未分類森博嗣、講談社ノベルス。しばらく森博嗣はVシリーズ読んでます。
あー、確かにあの月はかすかな(ネタバレ)機構でしたね。タイトルと事件の真相にほとんど関係がなくて残念。
密室空間で発見された死体は、死んだ後に部屋中を引きずり回されたような跡が。完全防音、扉に鍵のかかったオーディオルームで一体何が?
と、例によって密室崩しが主眼……なのかな?死体の惨状と原因についてはすぐにわかってしまうので、部屋にこぼれた水と、飛び散ったグラスの破片が「何故/どのようにして、そうなったか」を推理してみるのがよいかと思われます。
屋敷の間取りやら何やらを、きっちり考えながら読む人は、途中でオーディオルームに何が起こったのかわかるかもしれません。水槽についても(ネタバレ)は結構有名だったような気がするし。
問題は、絵を送りつけて買わせるという、クーリングオフ問題でよく耳にする業者のようなやり口で(ネタバレ)が何をしたかったのかよくわからなかったこと。絵に絡んだエピソードと密室事件がほとんど関係ないこと、莉英さんがたいそう素敵なのに(ネタバレ)は(ネタバレ)で、弱っちい上にみっともないこと。
全体として、インパクトに乏しい上に、各エピソードの繋がりが弱く、印象に残りにくい話だった。まあでも、これだけの速度でこれだけの量を書いているのだから、たまにこういう並程度の作品があっても仕方ないかとも思います。年単位で待たされた上に外れだった、というわけでもないし。まったりまったり。
そして実はシリーズ全体の仕掛けについて、友人からネタバレを聞き込んでしまったいたわたし。忘れたい。すごく忘れたい。
あー、確かにあの月はかすかな(ネタバレ)機構でしたね。タイトルと事件の真相にほとんど関係がなくて残念。
密室空間で発見された死体は、死んだ後に部屋中を引きずり回されたような跡が。完全防音、扉に鍵のかかったオーディオルームで一体何が?
と、例によって密室崩しが主眼……なのかな?死体の惨状と原因についてはすぐにわかってしまうので、部屋にこぼれた水と、飛び散ったグラスの破片が「何故/どのようにして、そうなったか」を推理してみるのがよいかと思われます。
屋敷の間取りやら何やらを、きっちり考えながら読む人は、途中でオーディオルームに何が起こったのかわかるかもしれません。水槽についても(ネタバレ)は結構有名だったような気がするし。
問題は、絵を送りつけて買わせるという、クーリングオフ問題でよく耳にする業者のようなやり口で(ネタバレ)が何をしたかったのかよくわからなかったこと。絵に絡んだエピソードと密室事件がほとんど関係ないこと、莉英さんがたいそう素敵なのに(ネタバレ)は(ネタバレ)で、弱っちい上にみっともないこと。
全体として、インパクトに乏しい上に、各エピソードの繋がりが弱く、印象に残りにくい話だった。まあでも、これだけの速度でこれだけの量を書いているのだから、たまにこういう並程度の作品があっても仕方ないかとも思います。年単位で待たされた上に外れだった、というわけでもないし。まったりまったり。
そして実はシリーズ全体の仕掛けについて、友人からネタバレを聞き込んでしまったいたわたし。忘れたい。すごく忘れたい。
森博嗣、講談社ノベルス。
例の一行が避暑地に出かけて殺人事件。
「ラストの一行で、読者を襲う衝撃の真実!」とカバー背中に書いてあるんですが、へえ、そうなんだ以上の感想を抱けずぬぼーっと流してしまいました。ラスト一行の衝撃といえば京極の『絡新婦の理』が凄まじかったので、ついそう思ったのかもしれません。ラスト一行までに費やした迂回が桁違いだからね。
むしろp255から始まる保(ネタバレ)の方が驚いたよ!毎回読者をびっくりさせるのが、犯人でもトリックでもないというおそろしさ。
と、いうか森博嗣はミステリに一般的に求められるようなサプライズに、興味がないんじゃないかな。提示される条件に、わざと読者を引っ掛けようとする意図を感じないし、その条件を前提として考えると、犯人その他の真相は簡単に読み取れるので。事件の真相としての動機や犯人がわからなければ、途中で実行犯や機械的なトリックについては読者に見破られても構わない風に見える。実際、紅子さんも犯人ついては「そんなことなら、最初からわかっていたもの」と、最後までわからなかったのは動機(みたいなもの)だと言っているし。
毎回「密室」ネタになるのも、そろそろどうかと思わないでもないですが。
人間があやつられる人形を演じるくだりがいいなあ。今回のテーマ人形が、真相と密接に結びついてるのが面白かった。確かに真相は人形でモナリザでした。人形マトリクスの(ネタバレ)は可愛らしくて壮観だろうなー……って、キャンバスの裏にあったアレも(ネタバレ)に見えるんじゃないんですか?誰も気付かなかったとか言わないよね?
まったく関係ないですが、図書館から借りた森博嗣の本は、沢山の人が丁寧に読んだあとが残っていて、とてもやさしい感じがします。おんなじ本でも、こんなにやわらかい手触りになるんですねえ。なんか本自体がふかふかしてて素敵です。
例の一行が避暑地に出かけて殺人事件。
「ラストの一行で、読者を襲う衝撃の真実!」とカバー背中に書いてあるんですが、へえ、そうなんだ以上の感想を抱けずぬぼーっと流してしまいました。ラスト一行の衝撃といえば京極の『絡新婦の理』が凄まじかったので、ついそう思ったのかもしれません。ラスト一行までに費やした迂回が桁違いだからね。
むしろp255から始まる保(ネタバレ)の方が驚いたよ!毎回読者をびっくりさせるのが、犯人でもトリックでもないというおそろしさ。
と、いうか森博嗣はミステリに一般的に求められるようなサプライズに、興味がないんじゃないかな。提示される条件に、わざと読者を引っ掛けようとする意図を感じないし、その条件を前提として考えると、犯人その他の真相は簡単に読み取れるので。事件の真相としての動機や犯人がわからなければ、途中で実行犯や機械的なトリックについては読者に見破られても構わない風に見える。実際、紅子さんも犯人ついては「そんなことなら、最初からわかっていたもの」と、最後までわからなかったのは動機(みたいなもの)だと言っているし。
毎回「密室」ネタになるのも、そろそろどうかと思わないでもないですが。
人間があやつられる人形を演じるくだりがいいなあ。今回のテーマ人形が、真相と密接に結びついてるのが面白かった。確かに真相は人形でモナリザでした。人形マトリクスの(ネタバレ)は可愛らしくて壮観だろうなー……って、キャンバスの裏にあったアレも(ネタバレ)に見えるんじゃないんですか?誰も気付かなかったとか言わないよね?
まったく関係ないですが、図書館から借りた森博嗣の本は、沢山の人が丁寧に読んだあとが残っていて、とてもやさしい感じがします。おんなじ本でも、こんなにやわらかい手触りになるんですねえ。なんか本自体がふかふかしてて素敵です。
森博嗣、講談社ノベルス。
Vシリーズ途中で読むのをやめていたので、これを期に最初から読んでみることにしました。本当に最初から読むとなると「F」からなんだけれど、さすがにそれは気力が……、とういわけでまずは『黒猫の三角』。新刊で読んだから6年ぶりくらいの再読です。
「野放しの不思議が集まる無法地帯」アパート阿漕荘の住人、保呂草探偵に奇妙な依頼が持ち込まれた。連続殺人事件の魔手から一晩ガードして欲しい、というのだ。ここ数年、那古野市には「数字にこだわる」殺人犯が跋扈している。依頼人には殺人予告が送られていた!衆人環視の中、密室に入った依頼人の運命は!?(カバー)
「遊びで殺すのが1番健全だぞ」
「仕事で殺すとか、勉強のために殺すとか、病気を直すためだとか、腹が減っていたからとか、そういう理由よりは、ずっと普通だ」(表紙より)
6年経ってようやく読み取れるようになったものの多さに愕然としつつ、森博嗣は昔っから「生きることと殺すこと」をめぐる問いを続けてきたのだなあと、感心するような安心するような。『スカイ・クロラ』でも言及されていたような、間接的な殺人について、全面解答とまではいかないものの、ある種の回答、一面の結論が既に提示されている点で、だいぶん親切な問いかけではあるけれども。合理的論理的な思考を、一般的な感情や情動といったエモーショナルなもので阻害されるのを、尋常でなく嫌がる天才。それが二人。対決して勝つのが紅子さんである辺りが、とても優しくて親切だと感じる。
うん、こういう人たちはとても人生が生き辛いだろうな。人生というか、社会というものが、思考性と真っ向から対立しているように感じるのだろうと。大変そう。ものすごく大変そう。
森博嗣の文章が何故こうも地に足がつかない不安定感をはらんでいるのかな、という辺りに重点を置いて読んだ結果、物語に関係ない情報は容赦なく省略されることと、情感に基づいた描写が少ないこと、という二点が理由らしく感じられた。パーティ会場のについての描写なんて、どこにドアがあってどこに階段があって、いかに密室が作られたか、といった類のものばかり。脱出経路の不可能性そのほか事件の謎を、前提として確定させるための情報のみ。主観性に左右される情報が極端に少ないといえばいいのか……。しかし推理小説としての形式というかお約束は、きっちり守ってるように見えるんだけど、どうにも反則が多いような気も同時にするから不思議なんだよなあ。状況については嘘がないけれど、人間の証言なんて当てにならない、というのはある意味まっとうなのかもしれない。この辺りは読み手の基準がどこにあるか、が全てか。
ミステリとしてどうかと聞かれると、よくわからない。一度読んで犯人がわかってるからかも。保呂草さんの(ネタバレ)には驚いたけど、そもそも謎解きしながら読んだりしないし。しかし前提条件が確かなものとするなら、犯人は扉から入ってきて扉から出て行った、というの以外ないと思うんだけど。
一本の独立した作品としては、やや弱い。しかしシリーズ全体が一つの謎となっていることが多い森博嗣に期待。「F」と「有限」に驚いた人は結構いると思うんですよ。友人に聞くと書いたもの全部つながってるらしいし。しかも小ネタじゃなくて構造的に。楽しみ。
Vシリーズ途中で読むのをやめていたので、これを期に最初から読んでみることにしました。本当に最初から読むとなると「F」からなんだけれど、さすがにそれは気力が……、とういわけでまずは『黒猫の三角』。新刊で読んだから6年ぶりくらいの再読です。
「野放しの不思議が集まる無法地帯」アパート阿漕荘の住人、保呂草探偵に奇妙な依頼が持ち込まれた。連続殺人事件の魔手から一晩ガードして欲しい、というのだ。ここ数年、那古野市には「数字にこだわる」殺人犯が跋扈している。依頼人には殺人予告が送られていた!衆人環視の中、密室に入った依頼人の運命は!?(カバー)
「遊びで殺すのが1番健全だぞ」
「仕事で殺すとか、勉強のために殺すとか、病気を直すためだとか、腹が減っていたからとか、そういう理由よりは、ずっと普通だ」(表紙より)
6年経ってようやく読み取れるようになったものの多さに愕然としつつ、森博嗣は昔っから「生きることと殺すこと」をめぐる問いを続けてきたのだなあと、感心するような安心するような。『スカイ・クロラ』でも言及されていたような、間接的な殺人について、全面解答とまではいかないものの、ある種の回答、一面の結論が既に提示されている点で、だいぶん親切な問いかけではあるけれども。合理的論理的な思考を、一般的な感情や情動といったエモーショナルなもので阻害されるのを、尋常でなく嫌がる天才。それが二人。対決して勝つのが紅子さんである辺りが、とても優しくて親切だと感じる。
うん、こういう人たちはとても人生が生き辛いだろうな。人生というか、社会というものが、思考性と真っ向から対立しているように感じるのだろうと。大変そう。ものすごく大変そう。
森博嗣の文章が何故こうも地に足がつかない不安定感をはらんでいるのかな、という辺りに重点を置いて読んだ結果、物語に関係ない情報は容赦なく省略されることと、情感に基づいた描写が少ないこと、という二点が理由らしく感じられた。パーティ会場のについての描写なんて、どこにドアがあってどこに階段があって、いかに密室が作られたか、といった類のものばかり。脱出経路の不可能性そのほか事件の謎を、前提として確定させるための情報のみ。主観性に左右される情報が極端に少ないといえばいいのか……。しかし推理小説としての形式というかお約束は、きっちり守ってるように見えるんだけど、どうにも反則が多いような気も同時にするから不思議なんだよなあ。状況については嘘がないけれど、人間の証言なんて当てにならない、というのはある意味まっとうなのかもしれない。この辺りは読み手の基準がどこにあるか、が全てか。
ミステリとしてどうかと聞かれると、よくわからない。一度読んで犯人がわかってるからかも。保呂草さんの(ネタバレ)には驚いたけど、そもそも謎解きしながら読んだりしないし。しかし前提条件が確かなものとするなら、犯人は扉から入ってきて扉から出て行った、というの以外ないと思うんだけど。
一本の独立した作品としては、やや弱い。しかしシリーズ全体が一つの謎となっていることが多い森博嗣に期待。「F」と「有限」に驚いた人は結構いると思うんですよ。友人に聞くと書いたもの全部つながってるらしいし。しかも小ネタじゃなくて構造的に。楽しみ。
皆川博子、講談社。
装丁も重さも厚さも文字の大きさも字体も、何もかもがわたし好み。まるでわたしの好みに合わせてあつらえたかのようです(妄想)。不満な点があるとしたら、僧院の見取り図がややわかりにくいことだけ。
欧州大戦のさなか。コンラートは瀕死の若い士官を連れ、ドイツとポーランド国境に人知れず建つ古びた僧院に逃げ込んだ。廃墟のようなそこには、博士を自称する狂気の科学者が住んでいた。人間と薔薇を合成させ、長く美しい姿を留める実験を行う博士は、コンラートのつれてきた士官を救うと言う。
時は流れて、第二次世界大戦のさなか。ポーランド。ワルシャワに住む少女ミルカは、ふとしたことからスパイとして追われていた少年ユーリクを助ける。戦争が激化するにつれ悪化していく状況のなかで、少年はミルカをかばって警察に検挙される。少女の家族もまた思いがけぬ事件で離散し、ミルカは親切なドイツの撮影技師に引き取られる。
同じころ、薔薇の僧院ではひとりの男が薔薇の世話をしながら自給自足で暮らしていた。男の名はヨリンゲル。コンラートが世話していた薔薇のうちのひとつと同じ名前だが、男にはコンラートがいた頃から今までの間の記憶に空隙がある。そこにSSを連れた帝国のハイニがやってくる。僧院は接収され、ハイニが集めた「美しい劣等体」を飼うための、そしてハイニがくつろぐための場所となる。
このみっつの物語が主体だが、関わりの薄いと思われるこの三つの物語を繋ぐのは『<ヴィーナスの病>の病原体とその治療薬に関する研究』という謎の本である。ひとつめの物語はこの本そのもので、コンラートの一人称による手記という形を取る。しかしコンラートの手記に登場する『<ヴィーナスの病>の病原体とその治療薬に関する研究』は、博士の書いた研究書である。本はあらわれたり消えたりしながら登場人物を幻惑し、それ自身と密接な関係のある薔薇の僧院へと誘う。
最終的にはいくつもの物語が合流し、誰が誰なのか、何が真実なのか、全てが明快に説明される。戦争は終結する。閉鎖し、停滞していた僧院にも未来と外界が開かれる。
ので。
結末よりも経過を楽しむのが重要。ラストが一人に収束するのがちょっとバランスが悪い感じ。登場人物の間で物語が取っていた完璧なバランスが、一人に偏りすぎて崩れたような。僧院に収束するのかと思っていた。
荘重華麗な文章で綴る、「物語を必要とする不幸な人間」の物語。
わたしごときの貧弱な語彙で何が説明できようか、とも思うのですが、投げずに頑張ってみようと思います。
時代は第一次世界大戦から、第二次世界大戦が終了するまで。ひと時代もふた時代もまたぐ。実に壮大。
と、言うか。第一次・二次ともに世界大戦は実際に起こった歴史上の事実ですから、やや不謹慎な物言いになりますが、戦争というものは実にドラマチックなものです。幸福も不幸も、希望も絶望も、およそ物語に必要と思われる要素が、日常とは異なる鮮やかさでたちのぼる場所。材料がよければそれだけで何かひとつ、読めるものが書けてしまいそうなものですが、実際の戦争を背景に、これに立ち向かう物語を紡ぐとなると、ちょっとやそっとの重さではつりあいません。そこで必要とされるのは、戦争と同じだけの重さを持った物語なのですから、当然といえば当然です。
ところが、この本の中では大戦という外界と、薔薇の僧院の中で流れる隔絶した物語がつりあっているのです。非凡だ。作中で創出される幾つかの物語は、戦争という外界とつりあって均衡します。
「大釜一杯の薔薇の蕾を蒸留してようやく一雫を得られる薔薇油」という例えが何度か登場しますが、読み終えてからずっしりと持ち重りするようなこの本を眺めれば、一体どれほどの物語を蒸留した結果なのかとそらおそろしくなる密度と量。贅を尽くした香水の一瓶に等しい濃密な美しさ。
薔薇の色の例えもそうだけれど、一単語ごとにもだえろと言わんばかり。一言一句は言うに及ばず、ざっと眺めれば字面が既に美しい。怪奇幻想耽美。重厚で精緻、芳醇で濃密。そこここに見られる容赦のない筆致もまた、淡々としたサディスティックな匂いがする。列挙するとキリがないのと、やはりここは自分の目で確かめるのが一番だと思うので割愛。雰囲気をつかみたい人へ送るキーワードは以下の通り。
畸形、劣等、耽美、怪奇、妄想、現実、戦争、薔薇、閉鎖空間、隔離、隔絶、物語、幻惑。
「美しい」を連発するだけの無能な感想になった気がする。
装丁も重さも厚さも文字の大きさも字体も、何もかもがわたし好み。まるでわたしの好みに合わせてあつらえたかのようです(妄想)。不満な点があるとしたら、僧院の見取り図がややわかりにくいことだけ。
欧州大戦のさなか。コンラートは瀕死の若い士官を連れ、ドイツとポーランド国境に人知れず建つ古びた僧院に逃げ込んだ。廃墟のようなそこには、博士を自称する狂気の科学者が住んでいた。人間と薔薇を合成させ、長く美しい姿を留める実験を行う博士は、コンラートのつれてきた士官を救うと言う。
時は流れて、第二次世界大戦のさなか。ポーランド。ワルシャワに住む少女ミルカは、ふとしたことからスパイとして追われていた少年ユーリクを助ける。戦争が激化するにつれ悪化していく状況のなかで、少年はミルカをかばって警察に検挙される。少女の家族もまた思いがけぬ事件で離散し、ミルカは親切なドイツの撮影技師に引き取られる。
同じころ、薔薇の僧院ではひとりの男が薔薇の世話をしながら自給自足で暮らしていた。男の名はヨリンゲル。コンラートが世話していた薔薇のうちのひとつと同じ名前だが、男にはコンラートがいた頃から今までの間の記憶に空隙がある。そこにSSを連れた帝国のハイニがやってくる。僧院は接収され、ハイニが集めた「美しい劣等体」を飼うための、そしてハイニがくつろぐための場所となる。
このみっつの物語が主体だが、関わりの薄いと思われるこの三つの物語を繋ぐのは『<ヴィーナスの病>の病原体とその治療薬に関する研究』という謎の本である。ひとつめの物語はこの本そのもので、コンラートの一人称による手記という形を取る。しかしコンラートの手記に登場する『<ヴィーナスの病>の病原体とその治療薬に関する研究』は、博士の書いた研究書である。本はあらわれたり消えたりしながら登場人物を幻惑し、それ自身と密接な関係のある薔薇の僧院へと誘う。
最終的にはいくつもの物語が合流し、誰が誰なのか、何が真実なのか、全てが明快に説明される。戦争は終結する。閉鎖し、停滞していた僧院にも未来と外界が開かれる。
ので。
結末よりも経過を楽しむのが重要。ラストが一人に収束するのがちょっとバランスが悪い感じ。登場人物の間で物語が取っていた完璧なバランスが、一人に偏りすぎて崩れたような。僧院に収束するのかと思っていた。
荘重華麗な文章で綴る、「物語を必要とする不幸な人間」の物語。
わたしごときの貧弱な語彙で何が説明できようか、とも思うのですが、投げずに頑張ってみようと思います。
時代は第一次世界大戦から、第二次世界大戦が終了するまで。ひと時代もふた時代もまたぐ。実に壮大。
と、言うか。第一次・二次ともに世界大戦は実際に起こった歴史上の事実ですから、やや不謹慎な物言いになりますが、戦争というものは実にドラマチックなものです。幸福も不幸も、希望も絶望も、およそ物語に必要と思われる要素が、日常とは異なる鮮やかさでたちのぼる場所。材料がよければそれだけで何かひとつ、読めるものが書けてしまいそうなものですが、実際の戦争を背景に、これに立ち向かう物語を紡ぐとなると、ちょっとやそっとの重さではつりあいません。そこで必要とされるのは、戦争と同じだけの重さを持った物語なのですから、当然といえば当然です。
ところが、この本の中では大戦という外界と、薔薇の僧院の中で流れる隔絶した物語がつりあっているのです。非凡だ。作中で創出される幾つかの物語は、戦争という外界とつりあって均衡します。
「大釜一杯の薔薇の蕾を蒸留してようやく一雫を得られる薔薇油」という例えが何度か登場しますが、読み終えてからずっしりと持ち重りするようなこの本を眺めれば、一体どれほどの物語を蒸留した結果なのかとそらおそろしくなる密度と量。贅を尽くした香水の一瓶に等しい濃密な美しさ。
薔薇の色の例えもそうだけれど、一単語ごとにもだえろと言わんばかり。一言一句は言うに及ばず、ざっと眺めれば字面が既に美しい。怪奇幻想耽美。重厚で精緻、芳醇で濃密。そこここに見られる容赦のない筆致もまた、淡々としたサディスティックな匂いがする。列挙するとキリがないのと、やはりここは自分の目で確かめるのが一番だと思うので割愛。雰囲気をつかみたい人へ送るキーワードは以下の通り。
畸形、劣等、耽美、怪奇、妄想、現実、戦争、薔薇、閉鎖空間、隔離、隔絶、物語、幻惑。
「美しい」を連発するだけの無能な感想になった気がする。
外部からトラックバックを頂きました。ありがたいことです。で、気付いたんですが、同じダイアリーノート内からのTBはきちんと表示されているのに、外部からのTBは恐ろしい勢いで文字化けしてますね。リンクとしては問題なく機能しているんですが。
なんだかえっらいさびしくなったので要望こそっと出しておこう……。
なんだかえっらいさびしくなったので要望こそっと出しておこう……。
『鳥少年』『まひるの月を追いかけて』
2005年3月6日 未分類最近気になること。
・精読
・集中力
・文章力
・日記の体裁
三月は年度末で、公共施設は普段と違うスケジュールであることをうっかり失念していた。失意前屈体。
あと、特定単語に限って検索を避ける方法なんてないんだろうなー、と「ゲーム 攻略」という文字を見るたびに申し訳ない気分になる。ないです。攻略ないです。プレイ日記とかもありません。
『鳥少年』皆川博子、徳間書店。
短編13本を収録。ミステリから幻想小説よりの作品群。
最初に解説を読んで、件の編集者に裁きの鉄槌を望んだひとの数→1。作者にも読者にも不幸な事実がそこにはあったのです。もし、一冊読んであわなかったら次は読まない、という読者があの本を最初に手に取っていたら。予算に余裕がなく、次回がない読者が最初に手に取っていたら。かくも貴重な書き手との出逢いがすれ違いに終わっていたのかと思うと、例の編集者の愚昧さは見識を疑うどころか殴っても足りないほどです。実力ある書き手に、どうでもいいものを書くように強要する編集者がこの世に存在するなんて、なんとも悲しい事情だったのですが、そこら辺はさておいて。
「密室遊戯」が特に面白かった。暗く湿った最低の下宿で寝起きする主人公は、昼間はデパート、夜はスナックで働いている。隣の部屋には似たような暮らしをする若い女が暮らしている。ある日、隣室との境目の板から光が漏れ出ていることに気付いたわたしは、こっそりと隣の女の部屋をのぞき見る。
相手が知らないうちに、こっそりと私生活をのぞきみるというのは基本路線なのだけれども、こっそりと行為を共有する、伝染させるというのは面白い試み。のぞいていたものが実はのぞかれていたというラストにしびれる。
不満があるとすれば、一人称の語りによるミステリ仕立ての話が、ほとんど同じ形式であること。同じ形式だけならまだしも、同じような欠点まで共通しているのはどうかと思う。8割が長編の幕開けを思わせる前振りについやされ、物語が展開する辺りで1割、落ちが残り1割という、急転直下どころか、おざなりにしりすぼみになる配分はなんなんだろう。途中でやる気を失って書きっぱなしで投げたようにも見える。「サイレント・ナイト」はあの短さで見事に惨劇を予感させて終わっている。……のだけれども、なにがどうなのか理論的に説明せよといわれるとさっぱりわからない。少女は何をしていたんだ?
『まひるの月を追いかけて』恩田陸、文芸春秋。
さくさく読めました。恩田陸にしては落ちがきちんとまとまってるな、という印象。女性が二人以上登場して、会話をしながら進めていくタイプの物語は安定して面白い。本来緊迫するべき状況でなぜかまったりしてしまう登場人物たち、を書くのが上手いんだな、と今更のように気付いた。驚く割にはその後で状況に動じないひとたちが多い。
最初は失踪した異母兄を、その恋人ともに探しに行く、はずだった。ところが序盤も序盤で「実は騙ってました」などと同行者が言い出し、その後も状況は二転三転、最終的には「奈良観光」だけが当初の予定通り、それ以外はすべて変更。まさしく一寸先は闇の展開、にも関わらず登場人物たちは観光を楽しんで酒飲んで焼肉食べて煙草吸って、と和みまくり。おかしい。全体の印象は地味、淡々、安定、薄暮れ。これだけ気が抜けない状況でまったりムードただよいまくり。
「まひるの月」はそこにあるもに見えないもの、よくよく意識を払わなければ気付かないもの、思考の外に外れているもの、この物語上では異母兄が愛した女性のことだろうと思われる。とすると、奈良までの旅は、そのまま「まひるの月を追いかけて」行ったことになる。
物語には終わりがあるけれど、人生には明確な終わりはなく、いつも物語が始まって続いていく。ラストが新しい物語の幕開けであるということ。
恩田陸の書く三十代女性はやけに若々しい。一人称が「あたし」だからだろうか。そういえば『スカイ・クロラ』で、森博嗣の描く女性が自然な喋り方をしていたのにだいぶ驚いた。
・精読
・集中力
・文章力
・日記の体裁
三月は年度末で、公共施設は普段と違うスケジュールであることをうっかり失念していた。失意前屈体。
あと、特定単語に限って検索を避ける方法なんてないんだろうなー、と「ゲーム 攻略」という文字を見るたびに申し訳ない気分になる。ないです。攻略ないです。プレイ日記とかもありません。
『鳥少年』皆川博子、徳間書店。
短編13本を収録。ミステリから幻想小説よりの作品群。
最初に解説を読んで、件の編集者に裁きの鉄槌を望んだひとの数→1。作者にも読者にも不幸な事実がそこにはあったのです。もし、一冊読んであわなかったら次は読まない、という読者があの本を最初に手に取っていたら。予算に余裕がなく、次回がない読者が最初に手に取っていたら。かくも貴重な書き手との出逢いがすれ違いに終わっていたのかと思うと、例の編集者の愚昧さは見識を疑うどころか殴っても足りないほどです。実力ある書き手に、どうでもいいものを書くように強要する編集者がこの世に存在するなんて、なんとも悲しい事情だったのですが、そこら辺はさておいて。
「密室遊戯」が特に面白かった。暗く湿った最低の下宿で寝起きする主人公は、昼間はデパート、夜はスナックで働いている。隣の部屋には似たような暮らしをする若い女が暮らしている。ある日、隣室との境目の板から光が漏れ出ていることに気付いたわたしは、こっそりと隣の女の部屋をのぞき見る。
相手が知らないうちに、こっそりと私生活をのぞきみるというのは基本路線なのだけれども、こっそりと行為を共有する、伝染させるというのは面白い試み。のぞいていたものが実はのぞかれていたというラストにしびれる。
不満があるとすれば、一人称の語りによるミステリ仕立ての話が、ほとんど同じ形式であること。同じ形式だけならまだしも、同じような欠点まで共通しているのはどうかと思う。8割が長編の幕開けを思わせる前振りについやされ、物語が展開する辺りで1割、落ちが残り1割という、急転直下どころか、おざなりにしりすぼみになる配分はなんなんだろう。途中でやる気を失って書きっぱなしで投げたようにも見える。「サイレント・ナイト」はあの短さで見事に惨劇を予感させて終わっている。……のだけれども、なにがどうなのか理論的に説明せよといわれるとさっぱりわからない。少女は何をしていたんだ?
『まひるの月を追いかけて』恩田陸、文芸春秋。
さくさく読めました。恩田陸にしては落ちがきちんとまとまってるな、という印象。女性が二人以上登場して、会話をしながら進めていくタイプの物語は安定して面白い。本来緊迫するべき状況でなぜかまったりしてしまう登場人物たち、を書くのが上手いんだな、と今更のように気付いた。驚く割にはその後で状況に動じないひとたちが多い。
最初は失踪した異母兄を、その恋人ともに探しに行く、はずだった。ところが序盤も序盤で「実は騙ってました」などと同行者が言い出し、その後も状況は二転三転、最終的には「奈良観光」だけが当初の予定通り、それ以外はすべて変更。まさしく一寸先は闇の展開、にも関わらず登場人物たちは観光を楽しんで酒飲んで焼肉食べて煙草吸って、と和みまくり。おかしい。全体の印象は地味、淡々、安定、薄暮れ。これだけ気が抜けない状況でまったりムードただよいまくり。
「まひるの月」はそこにあるもに見えないもの、よくよく意識を払わなければ気付かないもの、思考の外に外れているもの、この物語上では異母兄が愛した女性のことだろうと思われる。とすると、奈良までの旅は、そのまま「まひるの月を追いかけて」行ったことになる。
物語には終わりがあるけれど、人生には明確な終わりはなく、いつも物語が始まって続いていく。ラストが新しい物語の幕開けであるということ。
恩田陸の書く三十代女性はやけに若々しい。一人称が「あたし」だからだろうか。そういえば『スカイ・クロラ』で、森博嗣の描く女性が自然な喋り方をしていたのにだいぶ驚いた。